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一度ハマったら抜け出せない「残業代ゼロ法案」という底なし沼のアイキャッチ

一度ハマったら抜け出せない「残業代ゼロ法案」という底なし沼

一度ハマったら抜け出せない「残業代ゼロ法案」という底なし沼のアイキャッチ

 あなたは「残業代ゼロ法案」の詳細についてご存知でしょうか?

 法案名を聞いただけだと、残業代をゼロにするための何かをするんだろうな、という印象でしょう。もしくは、「残業代がなくなるなら給料減るな」「残業がなくなるなら嬉しいな」等、人それぞれの事情があるかと思います。

 しかしこの法案、場合によっては一度ハマったら抜け出せない底なし沼のような法案でもあるのです

残業代ゼロ法案とは

 メディア等では、「残業代ゼロ法案」といわれていますが、正式名称は「日本型新裁量労働制」といいます。この法案は、端的にいうと、年収1,075万円以上の高度な専門業務に就いている労働者を、残業代の支払い対象から除外しようとするものです。

 2015年4月3日に、安倍政権が労働基準法の改定で残業代ゼロ法案を閣議決定しました。この目的は、長時間労働を防ぎ、働いた「時間」より「結果」を支払うという制度を目指すためです。
 つまりは、「量」ではなく「質」に対して給料を支払うという制度です。

 例えば、今まで固定給が60万円と決まっていて、定時を超えたら残業時間に対して残業代が発生するようになっていました。しかし、残業代ゼロ法案では、〇〇が完了したら+10万円、〇〇の提案をしたら、+5万円といったように成果に対して報酬を支払われることになります。

 そのため、今まで残業代が目的でワザとダラダラ仕事をしていた人は、長く働いたとしても、賃金が変わらないので、早く仕事を終わらせて帰ろうと努力するのではないかと想定されます。

しかし、これは新しい考え方というわけでもなく、今までも「固定残業代」や「管理職手当」、「成果報酬」、「歩合制」等、様々な働き方が存在します。そして、それらの働き方は、ブラック企業が法の隙間を縫って、労働者にサービス残業をさせるようになり問題となっています。

→この問題について、こちらの記事で詳しく話しています。
管理職でも残業代は出る?その判断基準とは?

残業代ゼロ法案のメリットとは

 そうはいっても政府はメリットがあると想定しているため、この残業代ゼロ法案を押し出しています。それは以下の3つの理由からです。

①短い時間・労力で質の高い経済成長

 残業代ゼロ法案が目指すものは、「短い時間と労力で質の高い経済成長を」というものです。なぜそれを目指そうとしているのかというと、昨今、話題にもなった某有名運送会社の「サービス残業問題」だったり、某有名広告会社の「過労死問題」だったり、「日本人は働き過ぎ」という風潮を改善したいという考えがあるようです。

 今までは、働いた時間が長い人が評価される傾向がありました。しかし、働いた時間で評価されるのではなく、会社への貢献度や成果が評価されるようになれば「長く働く≠経済の成長」となり、「成果の達成=経済の成長」が成り立つと政府は予想しています。

②ダラダラ働く労働者が減る

 今までは「長く働く=給料が高い」という構図になっていました。これにより、残業代目的でダラダラと非効率的な働き方をする労働者がいました。そのような人を横目に、多くの仕事を抱えて真面目に残業をしている人にとっては不満が出てきます。残業代ゼロ法案は、そのような事態を防ぎたいと政府は狙っています。

③残業時間の削減

 長く働いても、短く働いても賃金が同じならば、ほとんどの労働者がなるべく働く時間を短くしようと努力するはずです。これが、結果的に「効率的に働き、残業がないように帰ってもらいつつも、会社は適正な賃金を払い、労働者は求められたパフォーマンスをして経済的に成長する」に繋がるということを政府は期待しています。

この3つのメリットを政府は推奨しているわけですが、残業代ゼロ法案はまだ実施がされていておらず、そもそもとして、一般的な給料できちんと労働している人たちには、あまり関係のない制度でもあります。

残業代ゼロ法案のデメリットとは

 もちろんメリットだけではなくデメリットもあります。

①成果の割に低賃金

 最初の実施は年収1,075万円以上の高度な専門業務に就いている人が対象とされていますが、のちに企業の労働組合から申請があれば、一般企業でも残業代ゼロ法案を取り入れることが出来るとされています。
しかし、そうなれば年収が少ない労働者に対しても残業代ゼロ法案を利用できるようになるので、成果の割に賃金が見合っていないという事態が発生しかねません。

②残業代の概念がなくなる

 今までは、労働者が「働いても、働いても給料が変わらない」と不満にならないように残業代というものが存在しました。しかし、「成果=賃金」になることで、残業代という概念がなくなってしまいます。

 つまりは「働いても、働いても給料が変わらない」という事態になりかねません。残業代ゼロ法案では、法的にそれを守ってくれるものがなく、「仕事するのが遅くて長く働いているあなたが悪いんでしょ?」という不平等さが生まれる危険性があります。

③評価基準が難しくなる

 今までは、「〇〇時間働けばいくら」と、誰しも平等な「時間」を国単位で基準にしていました。しかし、「成果」を基準にしてしまうと問題が生じてきます。それは、例えば「A社では、〇をすると給料10万円なのに、B社では同じことをしても給料5万円にしかならない。」といったように企業間でのズレが生じてきます。
「時間」と違い「成果」で基準を決めることは非常に難しいところがあります。

残業代ゼロ法案、政府の真の狙い

 現段階では、残業代ゼロ法案の対象者を「年収1,075万円以上」としていますが、後々は「600万円以上」に対象者を引き下げることを計画しています。これには、引き下げることで残業代を支払わなくてよくなる層が一気に増えるという政府の真の狙いがあります。

 その背景として、今の制度では、深夜労働や時間外労働等の割増賃金の規定があるため、同じ仕事を短時間でテキパキ働いた人より、ダラダラと長い時間をかけて働いて残業代をもらう等している人の方が、所得が高くなっている問題があります。

 つまりは、効率よく働いて定時に帰る人よりも、非効率的な働き方で残業した人の方が、所得が高くなり不公平にさが感じられます。そして、ダラダラ型の働きぶりに該当していて年収600万円以上の労働者となると、40代以上の中高年社員に絞られてきます。

 この中高年社員は、役職に付いてはいるものの労働基準法で定めている管理監督者に該当していないため、残業代がもらえて年収が高いという特徴があります。これは企業にとっては余計な経費がかかってしまうので、問題となっています。

 そのため、残業代ゼロ法案の対象者が600万以上に引き下げになれば、この中高年社員に残業代を支払わなくても済むことになるので不平等さは緩和されます。

 そう、これが残業代ゼロ法案、真の狙いと言われています。

【底なし沼】残業代がゼロになった結果、どんどん会社が業績不振になった…

 ここで、実際に残業代ゼロ法案が目指すものに近い環境で働いていたAさんの話を紹介します。

①残業代がなくなった経緯

 Aさんは、デザイン系の会社で勤めていました。その会社は、十分な黒字が出ていて過不足なく上手く回っていました。忙しい時は終電ギリギリまで仕事がありましたが、基本的には21~22時頃には帰ることが出来、しっかり残業代も出て、よい会社でした。

 繁忙期は残業代だけで月8~9万円もらっていました。仕事もやりがいがあり、満足度も高かったのですが、働き始めて3年ほど経った時、この状況が激変しました。業界内に大きな変革があり、仕事が一気に減ったことでAさんの会社は業績不振に陥りました。ボーナスはお小遣い程度の額ほどに減りました。

 そんなある日、Aさんは役員に呼び出され「今度から給料を一律にする」と言われました。その給与形態になってからは、給料は多少上がりました。しかし、以前と同じように朝礼があり、かといって仕事が少ない日は早く帰れるわけでもなく、結局は定時までいないといけなく、ただ単に残業代がなくなっただけでした。

②残業代がなくなれば皆が早く帰るというのは本当か?

 政府は残業代ゼロ法案に「社員は残業代をもらうためにダラダラ仕事をしているので残業代がなくなれば生産性が上がって早く帰るようになる」期待をしています。確かに、元から月給が低い会社等では、社員が残業代目当てでダラダラ仕事をするという例があります。

 Aさんも過去にそういった会社で働いた経験があり、真面目に取り組めば昼前後に仕事が終わってしまうため、あえて急ぐこともなく定時で帰っていたそうです。

 Aさんが働く会社は、基本的に「仕事が早い人にたくさん仕事が回される」というところだったので、仕事が早い人ほど損をするように思えます。繁忙期を除いては、社員は普段そこまでスピードを意識して仕事をしていなかったようです。遅くなれば残業代も出るため、それはなおさらだったそうです。

 しかし、残業代が出なくなり、長く働いても損しかしなくなったことで「効率良く仕事をして早く帰ろう」という意識が、Aさんが所属していたチームには芽生え、テキパキ仕事をこなすようになったことと、仕事が大幅に減ったこともあり、今までより早い20時前後には帰れることが多くなりました。

 ここまでは、残業代ゼロ法案が期待する効果通りではありました。ただし、ここからが問題でした。

③残業代がなくなると企業は人を雇わなくなる

 仕事が大幅に減ったこともあり、会社の業績はまた落ちていき、残業代が出なくなったことに、どうしても納得できない社員が次々と辞めていきました。ところが、会社は人員の補充をしませんでした。会社の言い分としては「売上が悪いから人件費はできるだけ抑えたい、それに仕事量も減っているから人も減らすべきだ」ということでした。

 以前までは「むやみに残業させるより、人を増やした方がよい」というのが会社の考えでしたが、残業代を払う必要がなくなったことから「今いる人達に、よりたくさん仕事をこなしてもらった方が利益を見込める」という考え方に切り替えたようです。

 その結果、社員が半数近くまで減りました。それにより、20時前後に帰れたのが、元に舞い戻って22時頃になりました。しかし、こなす仕事量は以前より大幅に増えているので、疲労感は以前と比較にならない程増えていきました。

 「もし、これで仕事が増えたらどうなってしまうんだろう。」とAさんは危機感を持つようになりました。

そして毎日終電パターンに…

 その後、Aさんの危機感は的中、大手の会社からの仕事が一気に振られ、仕事量が想像を絶する量に増えました。終電帰りでも追いつかないため、終電で帰って始発で出勤する、場合によっては休日出勤や泊まり込みで仕事をするようになりました。

 そんな状況下でも、なんとか会社の業績を上げようと社員は一丸となって頑張りました。それにも関わらず「今月は結構よい成績を残せたけど、通期じゃ赤字だからボーナスは寸志程度ね」と言われ、モチベーションは下がる一方になりました。

 そしてAさんは、いくら頑張っても会社が上向きにならない状況がしばらく続いたことに疲れ切って、ついにこの会社を辞めていきました…。

一度ハマったら抜け出せない可能性も…

 あくまでも一例ですが、残業代ゼロ法案には、Aさんが働いた会社のように、残業代を出さなくて済むなら、人を雇わずに、今いる従業員に長時間働かせようとする会社が増える可能性があります。
それは労働者にとっては、一度ハマってしまったら最後、沼に全身が浸かる前にそれに耐え切れず、「辞める」という選択肢を強いられてしまうかもしれません。

 これこそ、一度ハマったら抜け出せない底なし沼のような法案と言えるでしょう。
政府は、そうならないために、残業代ゼロ法案が悪用されることにないような仕組みを作る必要があるでしょう。

追記

 残業代ゼロ法案は、「長時間労働を助長しかねない」という反発の声が上がっています。そんな中、平成29年7月11日に政府が、残業代ゼロ法案に「年間の休日104日以上」の義務を追加することを明らかにしました。休日日数に規定を設けることで、長時間労働を防ぐ、という政府の狙いがあるのでしょう。

 これにより、「長時間を助長しかねない」という反発の声を防止し、政府は残業代ゼロ法案の早期成立を図っているようです。

まとめ

 Aさんが働く会社のように、制度を悪用するか、有効活用するかはその企業次第なところがあります。結局は、残業代ゼロ法案が決まっても決まらなくても、労働者からすると働き方が劇的によくはならないということです。

 仮に労働者を保護してくれるような制度が出来ても、それを免れるような手段を使ってくる企業は必ず出てきますので、結局はイタチごっこです。
国や企業にいつまでも頼っていてはキリがないので、労働者一人一人が自分を守ることをやっていくしかないでしょう。

 たとえ粗悪な労働環境で働いていても、労働者側から働きかけなければ「いつかよくなるだろう」と思っているだけでは、状況がよくなることはないでしょう。

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